女子テニスの看板商品はパワー、精度、気品である。スローモーション映像はきれいなフォアハンドと優雅なサーブをすくい上げる。その一方で、静止画はスローモーションがこぼした全部を拾う。うなり声の途中で固まった顔、ありえない角度に折れ曲がった体、あまりに必死すぎて気品がどこかへ逃げていった瞬間。このギャラリーに並ぶのは、そういう一枚である。
テニス会場のカメラはコートサイド、ベースライン、頭上に仕込まれ、1ポイントごとに毎秒15から20コマのバーストで回り続ける。3セットマッチ1試合で5万枚を超える写真が生まれる。その中のほんの一握りが、顔がゆがむ一瞬、スポンサー契約書が想定していない形に体がねじれる一瞬、集中の頂点と軽い恐怖のあいだに落ちる表情を捉える。このコレクションに並ぶのはその一握りだ。
ハードコートはシューズの鳴き声をもっとも大きくし、踏み込みをもっとも広げる。芝は低い滑り込みにごほうびを出し、選手を転がす。クレーは第2セットまでにウェアをオレンジ色に染める。それぞれのサーフェスが独自のアスリート的珍事を生み、カメラはどの表面でも同じ熱量で記録する。短いラリーだからといって、本人が存在を消したいフレームが生まれない保証はどこにもない。
冒頭の一枚は芝コートで踏み込みの途中にいる選手を捉えている。ラケットは低く流れ、筋繊維の一本残らずが全開で動いている。背景のラインズマンはボールを見ている。カメラマンは表情を見ている。選手はそのポイントを取り、そのゲームを取り、試合後の会見が始まる前にこの一枚がスポーツメディアを一周しているのを見つけた。ハイライトとハイライトのあいだで起きる競技テニスの姿を、30枚の写真で追いかけてみよう。
サーブだけで、女子テニスの記憶に残るフレームの半分を稼いでいる。選手がボールを上げ、背中を反らし、ふくらはぎから手首まで全筋群を総動員するモーションを振り抜く。一連の動きは2秒に満たない。その2秒のあいだに、顔は集中、力み、解放、回復という4つの表情を通過する。くしゃみより短い窓に4枚分が圧縮されるわけだ。カメラマンがサービスモーション中にバーストモードを使うのは、1トスあたりの歩留まりがテニスのどのショットより高いからで、20枚撮れば本人が鏡でも見たことのない顔が少なくとも3枚は紛れ込む。
ポイントとポイントの間もカメラは止まらない。選手は交通トラブルで使われるような手振りでアンパイアに抗議する。エースを全身けいれんのようなガッツポーズで祝う。地震を待ち構えるような大股スタンスでリターンに備える。どれ一つ静止画向きの姿勢ではないが、どれもコーチなら「技術」に分類し、写真編集者なら「笑い」に分類するフレームを生む。このギャラリーの30枚は、すべてその重なりにいる。必死のプレーと視覚的な珍奇さが同じ一コマに同居した瞬間だ。